Research 研究

私たちは、形態学、分子生物学、光遺伝学、in vivo 電気生理学等の手法を駆使することによって、睡眠覚醒、エネルギー代謝、性行動、養育行動、攻撃行動等の本能行動制御に関わる神経基盤の解明と制御法開発に取り組んでいます。

Our research group aims to elucidate how the brain controls sleep/wakefulness, energy metabolism, mood and innate behaviors such as sexual behavior, parenting behavior, and aggression through morphology, molecular biology, optogenetics, and in vivo electrophysiology, which lead us to develop therapeutic intervention for mental diseases and metabolic diseases.

睡眠覚醒 Sleep

 眠らずにずっと起きて活動しつづけていたいものですが、眠らない動物はいません。睡眠は人が生き生きとした時間を過ごすために欠かせないもので、うつ病等の精神疾患では睡眠の障害をともないます。睡眠と覚醒では、身体のエネルギー代謝も大きく異なります。脳が睡眠覚醒を制御しますが、身体も脳に働きに影響をあたえますから睡眠覚醒は脳ー身体連関の変化でもあります。

 睡眠は性差や発達という点でも重要です。人では注目されませんがマウスは覚醒時間に明瞭な性差があり、メスはオスよりも睡眠時間が2時間以上少ないことが知られています。睡眠覚醒行動そのものも、肥満、うつ・不安、攻撃行動等に影響をあたえることから、異なる行動モダリティー間がどのように統合されているのかという研究にも取り組んでいます

 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構でのランダム点突然変異マウスを用いた睡眠覚醒検討という順遺伝学的アプローチにより、覚醒が減りノンレム睡眠が増大するSleepy変異家系を樹立し、その原因遺伝子としてSIK3が同定されました。SIK3はリン酸化酵素であり、Sleepy(Slp)変異家系はエクソン13領域を欠失するSlp変異型SIK3を発現します。このエクソン13領域には系統発生的によく保存されたPKAリン酸化部位(S551)があり、このS551が睡眠量の恒常性に重要な役割を果たしています。睡眠覚醒は心身のさまざまな働きと連関していることを反映して、SIK3は睡眠覚醒以外にも、エネルギー代謝、概日リズム、気分などにも関与しています。[Funato et al. Nature 2016; Honda et al., PNAS 2018]

 眠いときの脳の状態にどのような分子的特徴があるのか?眠気のmolecular signatureとしてSNIPPsと名付けた約80のリン酸化蛋白質群のリン酸化状態が亢進していることを明らかにしました。Sleepy変異マウスという遺伝的要因によりすぐに眠くなるマウスの脳と、6時間の断眠により眠くなった野生型マウスの脳に共通の変化を定量的プロテオミクスにより探索し、共通する変化として抽出された蛋白質群です。[Wang et al. Nature 2018]

 ずっと眠らないでいると眠気を感じ覚醒から睡眠へのプレッシャーが強くなります。三大欲求のひとつとして睡眠欲ともいわれます。睡眠が不足すると睡眠を補おうとする、つまり睡眠の恒常性と、睡眠覚醒が24時間のリズムに従っていることを説明するために1980年代BorbélyらはTwo-process modelを提案しました。睡眠の恒常性制御に関わるProcess Sと概日リズムによる制御であるProcess Cとの統合として睡眠覚醒を説明するモデルです。Process Sの分子的実態は不明ですが、SNIPPsがヒントになるでしょう。

 Process Sの指標としてノンレム睡眠中のデルタ波(徐波)が用いられています。断眠後にはこのデルタ波成分が高くなり、強まったSleep need睡眠要求を表していると考えられており、SIK3変異マウスはこの成分が多いという特徴があります。デルタ波は大脳皮質ニューロンのup stateとdown stateの同期を反映しています。

 私たちが眠りに就くと、脳波計にはゆったりとした波(睡眠徐波)が現われます。睡眠徐波が多く現れる睡眠を深睡眠と呼び、マウスでも睡眠徐波のパワーが睡眠の深さの指標になっています。深睡眠には、脳の老廃物を除去するなど脳の状態を保つ機能があると言われていますが、ではより深く眠るためにはどうすればいいでしょうか。皮肉なことに、断眠は深い眠りをもたらします。睡眠の深さは覚醒時間に比例するからです(上記の睡眠恒常性を参照)。しかし、断眠と十分な睡眠時間とを両立することはできません。では、断眠しなくても深く眠るようになれないものでしょうか。残念ながら、睡眠を深くするメカニズムはまだ分かっていません。しかし近年、視床下部の一部である外側視索前野の抑制性細胞(Gad2LPO ニューロン)を光遺伝学的に活性化すると、睡眠圧力が高まった眠い状況でもすぐに目覚めました。さらに、覚醒中にGad2LPOニューロンを活性化すると、覚醒の指標となるシータ周波数帯のパワーが増し、その後の睡眠で、通常よりも深い睡眠が得られることが分かりました(Yamagata et al, bioRxiv 2020)。つまりは、覚醒促進回路を強制的に刺激してしっかり覚醒させると、その後に深い睡眠が得られるということです。

内側視索前野 MPOA

 内側視索前野Medial Preoptic Area (MPOA)は性行動や養育行動などの本能行動に重要な脳領域であり、内分泌情報や環境情報、他個体の情報などの社会的情報を統合し、下流の複数の情動に関わる神経領域を制御すること、性行動や養育行動、攻撃行動などの生得的な社会行動を制御する中枢であることが古典的な破壊実験や投射解析から示唆されてきました。しかし、その生体機能における多くの示唆がある一方で、その形態的・機能的複雑性が研究の障害となり、神経回路レベルでの役割は未解明な部分が多く残されています。我々は、これまで蓄積してきた組織学的なデータを基盤として遺伝子工学的な手法を用い、内側視索前野の機能検討を行っています(Tsuneoka et al. JCN 2013; Tsuneoka et al EMBO 2015)。

 内側視索前野Medial Preoptic Area (MPOA)がさまざまな行動に重要であることは以前から知られていますが、脳アトラスを見るとMPOAのサブ領域は明瞭に示されていないことが多いのですが、Penk, Neurotensin, Oxytocin, Calbindin, Cart等の発現を指標にしてサブ領域を構成するニューロンの特徴を明らかにしました。多くの研究やがイメージするよりもMPOAはしっかりしたサブ領域から構成されます。各サブ領域を特徴づける遺伝子をツールとして機能解析を進めています(Tsuneoka et al. Sci Rep 2017)。

 マウス脳には雌雄によって構造、多くの場合はニューロン数の異なる領域があります。このような性的二型性を示す領域を性的二型核ともいいますが、内側視索前野、分界条床核、扁桃体内側核の中に性的二型性を示す領域があり、いずれもオスのほうが大きいことが知られています。性的二型核の形成や線維連絡、行動解析を行うにはマーカーとなる遺伝子が不可欠です。Calbindinはこれらの性的二型核に発現していますが、性的二型核以外にも多くの領域に存在しているため特異性の高いマーカーではありません。新たにMoxd1という分子を性的二型核に特異性の高いマーカとして見出しました(Tsuneoka et al. Front Neuroanat 2017)。

Moxd1-Creマウスを作成し解析を進めています。

摂食と肥満 Obesity

 ずっと食べないでいるとお腹が空きます。食欲として体験する欲求により摂食行動が促され、消化管からのシグナルにより満腹感を感じ摂食が終わります。摂食に関する様々な情報を統合し、弓状核のNPY/AgRP神経とPOMC神経を中心とする神経回路によって摂食行動は制御されています。弓状核ニューロンの下流として室傍核のニューロンが重要です。摂食という短時間の行動はより長い時間でのエネルギー代謝の制御を受けるため、食べ過ぎた翌日の食事量は自然に減少します。このエネルギー蓄積を一定に保つためのネガティブフィードバックの要となるのが脂肪組織から分泌されるレプチンであり、レプチンはレプチン受容体を介してNPY/AgRP神経とPOMC神経の働きを調整し摂食を抑制します。視床下部外側野に存在するオレキシン神経も摂食やエネルギー代謝に関与します。

 摂食によりエネルギーを摂取し、運動や熱産生等によってエネルギー消費します。エネルギーの摂取と消費の差が身体のエネルギー蓄積、つまり脂肪量の増減になります。マウスは簡易なケージで飼育されます。マウスに高脂肪餌を与えるとエネルギー摂取が増大するため肥満します。このとき、ケージ内に回し車を設置するとマウスの運動量が増えて肥満しなくなります。しかし、オレキシン神経を後天的に欠失したマウスは運動環境があっても肥満することから、オレキシン神経は摂食と運動のバランスによるエネルギー代謝の恒常性維持に必須であると考えられます(Kakizaki et al. iScience 2019)。

 オレキシンは神経伝達物質であり、オレキシン1型受容体と2型受容体を介して作用します。これらの受容体はG蛋白共役型受容体(GPCR)です。1型受容体は美味しいものを好んでより多く食べようとすること(報酬関連摂食行動)に必要です。2型受容体は交感神経系を介して褐色脂肪組織の熱産生を促進することでエネルギー消費を促します。オレキシンの働かないマウスは高脂肪餌で肥満しますが、2型受容体シグナルの欠失がより重要です(Kakizaki et al. iScience 2019)。逆に、オレキシン過剰発現させたマウスは肥満しにくいのですが、この効果にも2型受容体が必須です(Funato et al. Cell Met 2009)。

 オレキシンは睡眠覚醒に不可欠であり、オレキシン神経の脱落によって睡眠障害であるナルコレプシーになります。オレキシン自身は強い覚醒促進効果を持ちます。

技術開発 in situ HCR

 組織におけるmRNAの可視化はニューロンのサブタイプ同定や標的分子の役割を理解する上で不可欠な技術です。従来のin situ hybridization法は標的mRNAとラベルしたプローブとの結合を利用します。しかし、感度、非特異的反応、多重染色の長いプロトコル、ProK処理により組織ダメージと抗原性の消失などの短所があります。最近、高感度・低ノイズを謳った手法が考案されてきましたが、その多くは高価なことが普及の妨げとなっています。in situ HCR(hybridization chain reaction )法というbistableな2種類の蛍光標識ヘアピンDNAと、標的mRNAへの相補的配列を持つ1対のスプリットプローブによりmRNA可視化法を改善しました。DNA配列を短くして低コスト化するとともに、様々なDNAの標識法を検討することで、高効率・低ノイズのin situ HCR法を実現しました。この手法では、Proteinase K処理という操作を必要とせず免疫染色との組み合わせが可能で、複数の標的分子の検出が一種類の分子の検出と同じスピードで出来る簡便さも兼ね備えています(Tsuneoka et al. Front Mol Neurosci 2020; 特許出願中 )。

 すでに多くの共同研究の依頼をいただいています。ご興味のある方はこちらのin situ HCR法のギャラリーをご覧ください。


大脳皮質-視床間ネットワーク

 感覚情報は視床を経由して大脳皮質に送られ、大脳皮質でより高次の情報処理がなされます。この回路は感覚情報処理以外にも様々な役割を持っており、例えば視床背内側核と前頭前皮質との線維連絡は、ワーキングメモリーや情動行動制御にも関与しています。さらに、大脳皮質-視床間の神経回路を修飾するモデュレーターとしてアセチルコリンとドパミンが特に重要です。我々は形態学的な手法により神経回路網における神経伝達物質や受容体などの局在分布の解析を行っています(Oda et al. JCN 2014, 2018)。さらに、遺伝子改変マウスへのアデノ随伴ウイルス局所投与による遺伝解剖学的研究も行っています 。

親と子の絆」の神経科学

 私たち人間も含めすべての哺乳類にとって、親子の絆は生きていく上でとても大切です。 視覚や聴覚、嗅覚、皮膚感覚など様々な感覚を使って、親と子は絶えず情報交換しながら絆を深めていきます。 親子関係がうまくいくように努力しているのは親だけではありません。実は子どもも色々な働きかけをしています。 例えば、よく親は乳児を抱っこして歩きます。 この時の乳児の変化を調べた結果、泣く量・動き・心拍数の低下を伴う鎮静反応が起こることが明らかになりました (Yoshida et al., Curr Biol 2013)。 同様の鎮静反応は、親マウスに運ばれる時の仔マウスでも起こることが分かりました (Yoshida et al., Font Zool 2013)。 子(仔)はおとなしくなることで、親の移動に協力していると考えられます。 子(仔)から親への様々な働きかけが、脳内でどのように制御されているのかはまだよく分かっていません。 我々は、実験室マウスやヒトを対象に発達を多角的に研究しています(Yoshida et al., Front Cell Neurosci 2018; Yoshida et al., iScience 2020)。